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必要のない病院通いを多くする生活保護受給者と、そうした患者の囲い込みをする医院が増えている。前回はそんなニュースについて書きました。
このような制度の悪用に関係したニュースが流れると「こういう人達がいるから、真面目に頑張っている人たちが迷惑する」という意見と一緒に「そもそも制度がずさんなのではないか?」という意見が出ます。そして「そんな制度はいっそ取りやめてしまうほうがいいのでは」という意見が必ず出るのです。こうした意見を聞いた時「やってみて悪い結果が出たからといってアレコレ批評するのは誰でもできるし、簡単で責任もない。でも実際に制度を構築したり運営していくのはとても大変だし、責任も重大で難しいのに…」といつも私は思うのです。だって「そんなことされる隙があるほうが悪い」って感じじゃないですか。スリに財布をとられて困っている人に「スキだらけのほうが悪い」と言うみたいな。もちろん気を付けなくてはならないことは確かですが、でも本当に悪いのは被害を受けたほうではないはずです。「制度に不備があるからそういう輩に悪用されるんだ」というふうな考え方がベースにあったのでは、根本的な改善にはつながらないのではないでしょうか? 制度を変えたところで、それ以上に法の網の目をかいくぐられるのがオチなだけです。
では、どう考えたらいいのでしょう。
以前にも書きましたが、ブロークンウィンドウズ理論というものがあります。街なかの割れた窓ガラスを放置しておくと、その周辺の地域は犯罪率がぐっと上がるというものです。ガラスが割れたまま放置されている → 管理が行き届いていない → 不審な行動が目立ちにくい → 犯罪が行いやすい というふうに犯罪者に思わせてしまうからなのだそうです。この理論に基づいて外観から街の美化に努め、それだけで犯罪率をぐっと下げたという例も数あるのだとか。
現在の日本の社会について考えてみた時、モラルハザードや生活保護の不正受給、上で触れた不要な頻回受診なども、この理論で説明できるのではないでしょうか。問題は犯罪者だけにあるのではありません。犯罪の温床になりやすい社会を、私たちが知らず知らずのうちに作ってしまっているのかもしれないのです。
「もらえるものはもらわないと損」「タダだから」という人が世の中には結構います。街頭で配っているティッシュに始まり、商品宣伝の為のノベルティや、コンビニのビニール袋など、不要なもので家の中がいっぱいになっていてかつ、しまってあるだけでほとんど活用されていない、そういう人は少なくありません。でも、それらの品は無料で配られているからといって、コストがかかっていないわけではありません。その制作にはしっかりと費用がかかっていて、かつ使用目的があって作られています。にもかかわらず「タダだから」ともらうだけもらっておいて、使わないというのでは、モノはゴミになってしまいます。モノを大事にしない、まして自分が苦労して手に入れたモノじゃないから別に構わない、という感覚は、程度に差こそあれ、生活保護制度を悪用している人たちと本質的には変わらないのです。つまり、これらの「もらわないと損」的な感覚が高じて起こるのが、前出の生活保護受給者の不要な頻回受診だとも言えます。
「もらえるものをもらう」こと自体は別に悪いことではありません。不要なのにもらってほっぽっておいたり、無駄遣いしたりしないで、きちんとモノとしての使命を全うできるように使うのであればおおいに結構なことなのですから。
「私だけじゃない」「他にもやってる人がいる」。例え小さなマナー違反や無駄遣いであっても、そのように振る舞う人が増えれば、モラルハザードは悪化していきます。社会全体のモラルの低下が、このような制度悪用の輩を増加させていることを私たちは知る必要があります。
それなら、私たちはどうしたらよいのでしょう。割れガラスにならぬよう、人としてどうあるべきか、どう生きるべきか常に考えて生きていくしかありません。でも、悪い行いは広まりやすく、よい行いは目立たない。頭の痛い話です。でも、しょうがありません。堕落は一瞬でできますが、人として徳を積むには長い時間がかかるもの。それこそ一生をかけて行うものです。よい社会を作るためには、地道な努力しかないのかもしれません。
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