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前回の最後で、自己肯定感の問題が解決できれば、少年犯罪やうつ、介護問題なども解消されていくだろうという意見がある、という話をしました。今回は、どうしてそうなのかを具体的に考えるところから始めたいと思います。
少年犯罪が起こると、世間では犯罪を起こした子どもの家庭に問題があるのではとよく取りざたされます。そうしたニュースをうけて、世間の人々は「甘やかしてわがままに育てていたのではないか」「しつけをきちんとしなかったのではないか」と噂します。ところが、実際はそうではなく、むしろしつけの厳しい家庭で育った子のほうが多いのです。しつけが厳しく、自己肯定感が低いから、抑鬱された感情がそうした行動をとらせてしまうのです。家庭内暴力などはその典型で、小さな時から厳しくしつけられ「お前はどうしてそうなんだ」「あなたはどうしてそんなこともできないの」と言われて育ち、ある時肉体的に自分のほうが親よりも勝っていることに気づき「あれ、俺のほうが強いんだ」とその後は家庭内暴力まっしぐら、なんてケースは決してめずらしくありません。また、自己肯定感というのは子どもの存在そのものを喜んであげる、愛してあげることによって育つので、しつけが厳しくなくても、いい子にしている時だけかわいがっていたりすると「いい子じゃなきゃ愛してもらえないんだ」と子どもは思うので、その場合も自己肯定感は低くなります。そうすると親の期待に添うようにできなかったりすると挫折感が大きく、キレてしまったりします。犯罪を犯した少年のことを近所の方にインタビューすると「とてもそんなことをするような子には見えなかった」と言う場合が多いのは、そういうことではないでしょうか。
次はうつについて。介護うつ、育児うつ、様々な原因によるうつ、うつ、うつ。私の周りにもうつで苦しんでいる人は何人もいます。こんなにも「うつ」がポピュラーな病気になってしまったのは、どうしてなのでしょう? 「うつ」も世間ではずいぶんと誤解されています。怠け者やわがままな人がなるもの、そんな風に思っている人も少なくありません。特に会社社会の中ではその傾向が顕著で、そういう病気になった人がいたりするとやっかい者扱いしたり、ひどい場合には解雇されてしまいます。でも、実際にうつになる人たちはむしろずいぶん頑張りやで人への気配りも欠かさないような人が多いのです。ではどうしてそんな人がうつになってしまうのでしょう? それは、自己肯定感が低いからです。自己肯定感が低いからこそ、人の役に、世間の役に立つようにいつもがんばっているのです。ところが、大きな失敗をしてしまったりすると(あるいはそれほどでもない失敗でも重なってしまった時)、そんな自分を激しく責め「やっぱり自分はダメな人間なんだ」と思ってしまうのです。「自分はダメな奴だ」「私は生きていてもしょうがないんだ」なんて思い続けていて身体にいいわけがありません。そして最後にはそれに耐えられなくなってうつになってしまうのです。
最後は介護について。最近、福祉に関する様々なニュースや特集記事を読んでいると「介護=不幸、もしくはものすごい苦労」というイメージが強く感じられます。どうしてなのでしょうか。確かに介護は肉体的にも精神的にも非常にストレスのかかるものなのですが、どうしてそれが「=不幸」となってしまうのでしょう。もちろん、人間関係が希薄になってしまっているなど他の理由もあると思いますが、現代人がストレスに対して弱くなってしまっているからではないかと私は思うのです。子育てにしろ介護にしろ、誰かの面倒をみるというのは、精神的に余裕がなくてはできないことです。そんなとき介護者が自己肯定感の低い人だったら? その場合はすでにそれだけ精神的ストレスを抱えていますから、他人を思いやる精神的余裕も少ないはずです。余裕が持てないと虐待したり命を奪ってしまったり、それとは逆にうつになってしまっても不思議はないと思うのです。
そもそもストレスや苦労って、誰にでも必ずあるものですよね? 乗り越えられる人とそうでない人がいるのはどうしてなのでしょう。次回はそのあたりを詳しく堀り下げてみたいと思います。
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