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前回、認知症は単なる物忘れとは違うということを書きました。では具体的にどう違うのでしょう。
わかりやすい例えを使うと、顔を覚えていても名前が出てこないのが物忘れで、その人そのものを忘れてしまうのが認知症だと言われています。物忘れの場合、顔を覚えていて名前が出てこないのですから、自分でも「忘れている」という自覚がありますが、認知症の場合はその人そのものを覚えていないのですから相手は「知らない人」となり「忘れている」という自覚がないことになります。ここが大きなポイントです。そのことに関する記憶の細胞が死んでいるのですから、思い出しようがありませんし、本人にとっては「知らない」というのが真実です。それなのに「それは間違っているよ」と家族から言われてしまったらどうでしょう? 「どうしてそんなおかしなことを言うのだろう?」と相手に対して強い不信感を抱いても不思議ではありませんよね。家族を信頼できなくなるのですから、精神的に孤立し、強い不安が生じます。そうするとますます混乱してしまい異常行動が起こりやすくなるのだとか。
健常者である家族から見ればあきらかにおかしな言動や行動でも、本人はいたって真面目、真剣なのですから、まずはそこを理解して受け止めてあげるのが上手な対処の第一歩となります。例えば食べたばかりなのに食事を食べていないと言う場合には「さっき食べたばかりですよ」ではなく「お腹空きましたよね。すみません、今作っていますからね」となだめるのが良いようです。また認知症になると大事なものをどこかにしまい忘れることも多くなり、家族を疑うようにもなります。その場合は、一緒に探してあげると良いとか。それも、本人に見つけさせるのがとても大事なのだそうです。探してあげて「ありましたよ」と言うと「この人は自分で隠したからすぐに見つけられたんだ」とかえって不信感を募らせることが多いからだとか。とにかくまずは本人の言うことをいったん受け止め、それから対処するというのが良いようです。そうでないと、どんどんこじれてしまい、お世話もより大変になってしまいます。
当人の気持ちをまず受け止めるのが大事というところは、子育てとよく似ているのではないでしょうか。子どもに対して「子どもだから」と適当な対処をしたり、ごまかしてばかりいると、そのうち信頼を失ってしまい、言うことを聞かなくなったりします。また、しつけもある程度分別がつき、感情の制御ができるようになる年齢以前にすると効果が薄く、むしろ理解できない時期に厳しくしつけることによって、親子間の信頼が薄れ、その後の性格形成に悪影響を及ぼす可能性が高いとか。例えば、親の顔色をうかがってびくびくしているような子どもに育ちやすいということです。理解できないことを押しつけるとうまくいかない、というのは認知症も同じではないでしょうか。
かといって、認知症の人を子ども扱いしろ、ということではありません。行動や言動がでたらめのように見える子どもも、よーく観察していると、きちんと本人なりに考えて行動しており、真面目に話しています。ただ、成長途中なので、大人のようにうまくやれていないだけなのです。本人なりに自分の知っていることをフルに使って周りの人に訴えているのです。ただ、それが大人と比べるとおかしかったり間違っていたりするだけです。その場合、子どもの行動はかわいらしく感じられることもあり、笑って対処できたりもしますが、認知症の場合は「相手は大人」という感覚がどうしても意識の根底にあるため、イライラや怒りが先にきてしまいがちです。でも、そこを変えなくては、認知症の方のお世話はとても難しくなります。子育てで子どもがぐずった時には、まずは子どもの気持ちを受け止めてから対処するのがよいとされています。その方が早く泣きやむからです。そこで厳しく叱ってしまっても、ぐずりが激しくなるばかりで何の効果もなく、むしろそのことで親を信頼しなくなるそうです。「言うことを聞かない子は知りません。泣きたければ勝手にずっと泣いていなさい」という叱り方は、親の前でだけ言うことを聞いて、見ていない所では悪さをする、そういう子に育ちやすいそうです。
ともあれ、相手の気持ちになって考えましょうというのが基本なのですが、そうはいっても具体的に実行するのはなかなか難しいです。でもこうしたことを理解して対処すれば、介護はずっと楽になります。かといって、介護の苦労がすべてなくなる訳ではありませんよね。介護をするのは本当に大変なことなのです。
先日、幕張メッセで「介護ロボット展」なるものが開催されていたとか。技術開発も確かに大事なことですが、介護保険のシステムの見直しや財源の確保、そして何より人々の意識改革、これらをなんとかする方がずっと重要なのではないでしょうか。
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