連載第67回 (2007.01.19UP!)
いじめ問題の根底にあるもの D

 「いじめられるのは、スキがあるからだ」。こういう言葉もよく聞きますね。第64回で取り上げた「いじめられる方も悪い」「いじめられる側にも理由がある」とほぼ同じような言葉です。この言葉も考えてみると変ですよね。つまり「スキがある人が目の前にいたら、いじめてよい」ということになってしまいますから。
 似た言葉に「痴漢やスリにあうのは、スキがあるからだ」というのがありますが、この場合は少し違います。悪いことをしかけてくるのは「痴漢」や「スリ」といった特定の悪人であって、周囲の友達や知人なわけではないのです。だから、この言葉の場合は「そういう目に遭わないようにスキのないように気をつけなさい」という意味ですよね。そして、スキの多い友人がいたら、周囲は「気をつけたほうがいいよ」とアドバイスしてあげたりするべきですよね。
 でも「いじめられるのは、スキがあるからだ」の場合は違います。この言葉の中で「いじめる」側は「痴漢」や「スリ」といった特定の悪人を指しているのではなく、周囲の友人知人を指しているのですから。「あなたの周りにいじめやすい人がいたらいじめていいよ」と言っているようなものです。そんなこと、していいはずもありませんよね。

 前回、自分の体験を少し取り上げました。その中で触れた「性的ないじめ」についてもう少し掘り下げてお話ししていきたいと思います。

 私は現在、この体験によって受けたトラウマを克服することができています。でもそこに至るまでは簡単なことではなく、今現在の状態まで来たのは、本当にここ数年のことなのです。とはいえ、ずっと以前から見た目上は普通の生活を送ることができていましたから、パッと見周囲からはわからなかったことでしょう。ごく近しい人などは気付いていたかもしれません。
 私がその「性的ないじめ」を受けた時の状況が、今現在「いじめ」で苦しんでいる子供たちの状況より少し軽かったからではないかと思います。私自身がとても脳天気で前向きな性格でしたし、両親も愛情深く私を育ててくれました。またその「性的ないじめ」を受けたのは一度きりで、それ以上エスカレートせずに済みましたし、ある程度成長してからは友人にも恵まれました。こういう比較的恵まれた状況の私でさえ、そのトラウマを完全に克服するまでには20年以上の歳月を要しました。
 現在の「いじめ」は陰湿化し、かつ知能犯化しているそうです。「性的ないじめ」も表面化しないだけで相当数あるだろうと言われています。それも男女を問わず。いじめによる自殺をした少年が、ズボンを下ろされるなどの「性的ないじめ」を受けていたことは有名ですね。でもこれも、氷山の一角ではないかと言われています。上記の私の状態よりもずっとひどい目にあっている子どもたちが、たくさんいるということです。
 子どもの頃に受けたトラウマというものは、なかなか克服するのは困難です。自分の頭では理解していても、身体が言う事を聞かなかったりするのですから。大人でさえ、セクハラを受けて大きな心の傷を負い、普通の生活が困難になる人だっています。本当に愛しているご主人に対しても、接近されると恐怖で身体がこわばってしまい、パニックになる、そんな女性だっています。「性的ないじめを受ける」というのは、それだけ大きな心の傷を受けるということなのです。あなたの親友や子どもがそんなことになってしまったら、どうですか? 「いじめ」や「セクハラ」した相手を憎みますか? そして訴えるなりしますか? 訴えて勝訴して多額の賠償金を手に入れたとしても、心の傷を癒やすのには何の役にも立ちません。それどころか、マスコミに勝手なことを書かれて、傷がより深くなってしまうでしょう。それよりなにより、当人は受けた傷によって、本当に長い間苦しまなくてはならないんです。
 「いじめ自殺」をキーワードに、ネット上で「いじめ」に関するサイトをいろいろ探してみて下さい。「いじめ」をなくそうとする団体や体験者のサイトがたくさんあります。いろいろ読んでいくと、実際には私たちが想像する以上にぞっとするような現状が、以前から続いている、そして激化していっているということがわかります。ある体験談には「けっして思い出したくないのに、ふとした拍子に時々、あの感触が思い出されて、涙が止まらなくなる。もうずっと昔のことなのに...!」というものも。

 「いじめ」とはそれほど、相手に大きな傷を負わせることなのです。私は「いじめ」にあい、それを乗り越えることができたからこそ、今の自分があるとは思っています。でもそれは、今「いじめ」で苦しんでいる子ども達よりも、軽度のものだったからこそ、そしてたまたま越えることができたからこそ言えること。今、蔓延している陰湿な「いじめ」と同レベルのことをされて、同じように立ち直れる自信は全くありません。

 私が人生において常に思うことですが「人間、何よりも思いやり」。でも今の社会からは、電車に乗っていても、道を歩いていても、テレビや新聞を見ても、ネット上でいろんな人の意見を読んでいても、そのことをみんな忘れてしまっている、そんな気がしてなりません。みんな自分のことしか考えていない。もちろんそうでない人もいるけれど、そういう人の意見が、世論の中心になっていることはごくわずか。

 「いじめられるのは、スキがあるからだ」というのはおかしい。完璧な人間などいません。スキのある人がいても何もおかしくなんかありません。その人は、たまたまそうした欠点を持っているだけです。もちろん、克服するべきではあります。でも、それができていないからといって「いじめ」るのはおかしい。子どもたちはまだ成長の途中なのですから。それぞれの成長に差があるのだって当たり前のこと。むしろ、補いあって生きていくことを、子ども達は学ばなくてはなりませんし、そこのところの重要さを私達大人が、しっかりと彼らに教えていかなくてはなりません。

 大人たちが、揚げ足を取り合い、互いに勝手なことばかり主張しあっているのではなく、欠点を補い合えるよう、みんなで助け合っていく社会を、子どもたちに見せることができなければ、「いじめ」を根絶するのは難しいでしょう。

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